
奇策「見えないプロンプト」とその限界
chatGPTやGeminiが当たり前のように使われるようになって、教員を悩ませる新しい問題が生まれている。それは、生成AIで宿題を終わらせる生徒がいることだ。
算数ドリルだろうが、読書感想文だろうが、チャット上に宿題をアップして「これを解いてください」とお願いすれば、それで終わり。宿題が面倒な学生からすれば、これほど楽な「作業」はない。夏休みの最後に生成AIを使って、ひたすら「コピペ」すればいいわけだ。
しかし、「宿題を終える」という結果に辿り着くフローを生成AIに完全代行させることで、「考えるプロセス」は失われていく。加えて、「真面目に終わらせた人」と「生成AIで楽をした人」を同列に評価すれば、公平性が担保できずに成績の信頼性が崩壊するなんてことにもなりかねない。
とりわけ、この不公平感が放置されれば、「正直者はバカを見る」という感覚が教室に広がり、教員への信頼そのものが揺らぐリスクもある。果たして、教育現場に携わる人たちは「生成AIと宿題」というテーマに対して、どのように取り組むべきなのだろうか。
この問題を技術的に解決しようと試みた面白い事例がある。2025年4月14日、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)総合政策学部の必修科目「総合政策学」の初回授業で、課題資料のPDFに「見えないプロンプト」を仕込むという対策が講じられた。
具体的に言うと、課題のPDFに、ぱっと見では確認できない不可視のテキストで偽の指示を埋め込み、学生がPDFをアップして「課題を解いてください」と指示すると、その透明な言葉が優先的に処理されて、お門違いな解答を技術的に生成させるテクニックを用いたのだ。
その結果、まんまと引っかかった学生の画面には、授業とは関係のない福澤諭吉『文明論之概略』の内容が出力された。大学の広報室は取材に対し、この対策の狙いを「生成AIの信頼性を見直し、出力を批判的に考察する力を養うこと」だと説明し、不適切な回答は評価対象外として学生に注意喚起したことを明らかにしている。
評価軸を「結果」から「プロセスと身体性」へ
こうした状況において、海外の大学では、教育支援センターが教員向けに具体的な課題設計を提案しはじめている。米国のニューヨーク州立大学オールバニ校(University at Albany, SUNY)は、学期を通じてレポートを小分けに提出させ、フィードバックを受けて改稿を重ねる設計を推奨したうえで、その部分ごとに「どんな思考と行動の手順でここまで進めたのか」「途中でどんな困難にぶつかったのか」を学生自身に記述させることを提案している。成果物ではなく、そこに至るプロセスを評価対象に据えるという発想だ。
students are asked to write the thinking or action steps they took to complete this piece of the work as well as a difficulty they encountered.
カナダのアルバータ大学や米国のカンザス大学では、AIの利用を許可したうえで「AIをどう使ったか」の振り返りを添えさせる方式が、シラバスの文例として提示されている。「どんなAIツールを使ったのか?」、「AIの回答のどこが不十分で、自分自身の思考をどう加えたのか?」などを説明させるわけだ。
please always include a reflective paragraph at the end of any assignment that uses AI. Explain what you used the AI for and what prompts you used.
You may use generative AI tools in this class in most instances… you will be asked to explain in a reflection statement how you used any generative AI tools
いずれも大学全体を縛る規程ではなく、教員が採用しうる選択肢として示されているものだ。裏を返せば、答えはまだ誰も持っておらず、現場ごとに設計するしかない段階にあるということでもある。
たしかに、成果物だけを提出するよりも、教員と学生の関わる機会が増えるプロセスを設計したほうが生成AIに代替される範囲は狭くなるだろう。学生の代わりにAIが出席することは難しいのだから、「そこにいる」とか、「そこで発言する」とか、評価軸に「身体的活動」を伴ったAIで代替しづらい指標を置くのも防衛策としては有効に見える。
モラルハザードを回避し、教員と学生の間でフェアな前提を作るルール作りは欠かせない。その意味では、試行錯誤の足跡をちゃんと残して説明する真摯な教員や専門家の存在は貴重だ。
イタチごっこの果てに見える「本質的な課題」
ただ、どんなに「方法と策」の次元をこねくり回したところで、結局は無意味なことを焼き直している感も否めない。学生にとって宿題が「作業」である以上、最小のエネルギーで最大のパフォーマンスを出すための対策を講じるのは自然なことだ。思考プロセスも、AI利用に関する振り返りレポートも生成できる。chatGPTに「この宿題を作成する計画を立ててください」と尋ねた後に「この計画の不完全性をピックアップして、改善内容をわかりやすくまとめてください」と聞けば、その内容を寝る前に覚えるだけで何とかできてしまう。
つまり、課題の形式をどれほど巧妙に設計しようとも、学生本人が「自分にとって意味のある学びだ」と感じていなければ、AIへの「外注対象」が結果からプロセスへとスライドしただけなのだ。
したがって、私たちが今、直面しているのは、「どうすればAIの不正利用を防げるか?」という技術的・制度的な問いではない。教育現場で「なぜ、あなたがその課題をやる必要があるのか?」という、動機や価値に直結する難題の方である。
作業から「学習の価値」への回帰
私自身も「これってやる意味があるのか?」という問題を抱えたときに、「いや、ないな」となれば、「それを辞める」という選択をしがちだ。自分が学生だったら、間違いなく面倒な宿題をAIに任せていると思う。
その際に、「私はやる意味はないと思っているが、あなたはどう思うか?」と真剣に話せる相手がいれば、自分の狭い世界を広げて価値を見出すことができるかもしれない。価値判断の揺らぎが与えられない限り、眼前のタスクは鍵の空いた牢獄のままであり、修行の場に発展することはない。「いいからやんなさい!」という根性論では心を従わせられないし、「あなたを悲しませるくらいなら頑張るか」みたいな感情のトリガーで繋いでも、いずれ限界がくる。
「自分にとって無価値だ」と思っていることをひっくり返すのは極めて難しい。それでも「その人にとっての価値」という視点から学習との繋がりを見出す機会の創造に労力をかけなければ、教員の役割はAIに代替される。
知識を詰め込むなら教科書を読み込ませてデイリーの学習カリキュラムを組めばいいし、教え方だって個人のレベルに合わせてチューニングできる。残念ながら、人間よりもAIのほうが得意な領域は存在する。これまでは「なぜ、その人に教わらなければいけないのか?」という理由は曖昧のままでよかった。でも、これからは「これってAIでよくない?」という残虐だが確かな疑問が脳裏によぎるようになっていく。
教えることが「作業」である限り、宿題と同じように教員側も意義を保てない。学生へのAI規制や活用を考えていくと、最後には返す刀で教員側の存在意義が問われていく。
だからといって、テレビドラマで見るような「生徒の人生に踏み込む熱血指導」に回帰するのは時代錯誤なリスクでしかない。必要なのは、過剰な介入ではなく「君はどう思う?」と問いかけ、学生自身の価値判断の揺らぎに付き合う「良質なノイズ」としての存在だ。
AIが最短距離で効率的な「結果」を提供するなら、教員はあえて回り道をし、迷い、時には一緒に立ち止まる「プロセス」の共有者になればいい。「教える・教えられる」という上下関係ではなく、同じ時代でAIと向き合う人間同士として、どう学びの価値を見出していくか。このスタンスが生成AIから教育価値として活用するために必要な距離感になるだろう。
教員という立場に課せられたこの重たい宿題を、これからも解きつづけようと思う。
出典一覧
慶應義塾大学SFCの事例
※ 大学の公式発表は存在せず、報道各社への広報室コメントのみが確認できる。担当教員名も公表されていない。
ITmedia AI+(2025年4月30日/大学への直接取材あり)https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2504/30/news214.html
J-CASTニュース(2025年5月1日/実施日・科目名を特定)https://www.j-cast.com/2025/05/01503969.html?p=all
ABEMA TIMES(2025年5月2日)https://times.abema.tv/articles/-/10176345
Ledge.ai(2025年5月3日/賛否の論点整理)https://ledge.ai/articles/invisible_prompt_ai_trap_keio
ITmedia オルタナティブ・ブログ、秋山大志(2025年4月23日/反論)https://blogs.itmedia.co.jp/agile/2025/04/SFC_pdf_text_ai.html
江原遥准教授プロフィール(researchmap)https://researchmap.jp/yo_ehara
海外大学の課題設計ガイダンス
※ いずれも大学全体の規程ではなく、各大学の教育支援センターが教員向けに出している推奨ガイダンス/シラバス文例集。
University at Albany, CATLOE「Addressing Dishonesty and AI」https://www.albany.edu/teaching-and-learning/teaching-resources/addressing-dishonesty-and-ai
University at Albany, CATLOE「Design assignments with AI in mind」https://www.albany.edu/teaching-and-learning/teaching-resources/design-assignments-ai-mind
University of Alberta, Centre for Teaching and Learning「Statements of Expectations」https://www.ualberta.ca/en/centre-for-teaching-and-learning/teaching-toolkit/teaching-in-the-context-of-ai/statements-of-expectations.html
University of Kansas, Center for Teaching Excellence「Building AI policies into your syllabus」https://cte.ku.edu/building-ai-policies-your-syllabus







